お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “ところ変わっても…”
 


玉砂利が敷かれた前庭は、
堅苦しい格式だの風格だのという荘厳なものは抱えぬが、
ゆったりした作りの旅館の母屋のエントランスには
何ともお似合いの拵えで。
ところどころに配された槙や松の木の常緑が、
雪も消えての久しい陽あたりの中にはホッとする色合いだし。
ツゲかツツジか、きれいに刈られた茂みとは別口、
矢来垣で仕切られた中庭の緑がちらり望めるのもまた、
長旅の末、ああ到着したのねぇとの安堵を誘う。
玄関までを導くように据えられた平らな飛石の上へ、

 「…あ。」

ちょろちょろっと飛び出して来た小さな影に、
今 到着したばかりの親子連れが、おおとついつい声を上げ、

 「どうかなさいま…、あらまあ。」

手荷物はございませんかと、出迎えに出て来ていた仲居さんが、
彼らの反応へ同じほうを向いて、
やはり同じような微笑ましいというお顔になる。
灰色の玉砂利の上へ、
何処かから吹き飛ばされて来た綿のようなそれは、
自力でうずくまっている小さな仔猫だったからで。
淡いキャラメル色の毛並みもやわらかそうな、
なかなかに手入れの行き届いた長毛種の仔猫。
確か、メインクーンっていうのじゃなかったかしらと、
お母様が気がついて。

 「大人になると
  結構大きくてワイルドな姿になるのよね。」

猫好きでおいでか、にこにこ笑って屈み込む。
おいでおいでと舌を鳴らせば、
それへのお返事か、

 みやぁん、と

小さなお口をぱかりと開き、
くっきり鳴いたのがまた、可憐な声で愛らしく。

 「あ、鳴いたよ?」
 「仔猫だからかしら。」

よほど人懐っこい場合を例外に、
猫は見知らぬ人相手にはなかなか鳴かぬ。
ただ、まだ巣立ち前の仔猫は、
親を呼ぶために“此処よ此処よ”とよく鳴くそうで。

 「でもそれなら、もっと続けて鳴かないかな。」

此処がペット同伴も可の宿なのを御存知か、
乗って来た車をボーイさんに任せて来たらしき父御も加わって。
可愛いねぇ、看板猫なのかなぁと、
なかなか美人な仔猫に親子で見とれておれば、

  みゃん、と

またもや愛らしいお声がし、
遅れてついて来た影みたいに、
今度は漆黒の毛並みをした黒猫の仔が、
ちょこまか・ちょんと、弾むように姿を見せる。

 「あ、また来たよ?」
 「こっちの仔も可愛いわねぇ。」

まだまだ仔猫、人で言えば“黒目がち”というところなせいか、
どこに目や鼻があるものか、
少しうつむくと判らなくなるほどムラのない黒毛はいっそお見事。
まだまだ頭身も低く、
文字通りの頭でっかちなところがいかにも幼げで、
先に現れたメインクーンちゃんの傍らへ駆け寄ると、
お鼻同士をくっつけて、猫にしか判らぬ会話でもしているかのよう。
そんな素振りがますます可愛いと、
ついのこととて見とれていたご家族だったものの。
まだまだ寒い戸外にいるのは風邪を拾いかねないことでもあって。
エントランスへお入りくださいと勧めるものの、
強制は出来ぬから さてどうしようかと。
仲居さんがそわそわしておれば、

 「キュウゾウ〜、クロちゃ〜ん、
  どこ行ったんだ〜?」

中庭の見える側とは反対側、
槙の木が数本ほど並んだことで目隠しになっている、
母屋の向こうからやって来たらしい伸びやかな声がして。
玉砂利をじゃくしゃくと踏みつつ出て来た人影がある。
すらりと上背のある男性で、
こちらの家族連れへ“ありゃ”と気づいて、
そのまま気さくそうな目礼を寄越したところといい、
シンプルなデザインコートにツイードらしいスラックス姿の、
彼もまた逗留客であるようで。
あらあらとお母様がちょっぴり含羞みを見せたのは、
つややかな金髪をキュッとうなじで束ねた、
それは色白の美丈夫さんだったから。
小さな仔猫たちがそのお人の足元へ、
連れ立って駆け出したあたり、
さっき呼んでたお名前が彼らの名前でもあるらしく、

 『メインクーンなのにキュウゾウとは、
  なかなかおもしろいネーミングだね。』

 『きっと日本が大好きな外人さんなんだよ♪』

微妙に誤解も受けてたところは、もはや今更。
そう、島田さんチの七郎次さんと、
その和子にも等しきおチビさんたち。
今は小早川頼母さんの経営する旅館に、
のんびりと逗留中の身であるようでございます。




     ◇◇



いつもは年末からお邪魔して、
お正月はこちらで 上げ膳据え膳されつつ
羽を伸ばして過ごす島田さんチの皆様なのだが。
今年はちょっぴり勝手が異なり、

 『済まぬな、急な団体の予約が入っての。』

しかも、それが愛犬友の会の皆様の会合で。
それぞれの愛するわんこを連れてのお泊まりとあっては、
それほどお部屋を離したところで、
気配が届いてはこちらの仔猫さんたちには落ち着けなかろうしと、
むしろ気を遣っていただいたようなもの。
なので、お正月が明けたら来てくれぬかとのお申し出へ、
判りましたと話を通じさせていたものが、
今度は凄まじい豪雪が続き、
交通経路が遮断されてしまったものだから、
三月に入った今の今まで、お伺いも出来ぬままでいたのであり。
何とかそちらも収まったので、どうぞお越しとの連絡を受け。
ではではお邪魔をと、
春も間近の風情ある山野辺へ、
大人二人と仔猫二匹でやって来た次第。

 「…此処のお風呂だと、久蔵も大人しく入るんだよねぇ。」

温泉も自慢のお宿であり、ペットも入れるという湯船を設けておいで。
自然の石や岩を埋め込んだ、なかなか風流な掛け流し風呂の一角で、
少し小さめのタライへ半ばまで湯を張り、
その中へそおと降ろしてやれば。
昨年同様、クロの方は余裕でうっとりと浸かり、
家の風呂では力いっぱい駆け回って抵抗する久蔵も、
最初こそ やや身を固まらせるものの、
足をばたつかせるのもすぐに収まり。
ふわふかの毛並みをぴたぺた萎ませた姿もまた可愛く、
気持ちよさそうに大人しく浸かっておいでで。

 「何が違うんですかね。
  お湯かな、風呂場の広さかなぁ。」

 「さてなぁ。」

夏場の水浴びは進んで水を蹴散らして入るので、
それと同じようなものだと思っておるのかも知れぬ。
どっちにしたって変わり者な猫たちよと、
暴れてはいかんとの用心から、
そちらさんも、カーゴパンツの足元をややめくりあげるという
何とも勇ましい、且つ、珍しいいで立ちで、
七郎次と共に風呂場に来ていた勘兵衛が、
上は気に入りのセーターのまま、腕を組んで苦笑を見せる。
彫の深い面差しは、
それなり年齢を積んで深めた人柄が充実しておいでの証し。
だというに、
背中の半ばまでと長々伸ばした豊かな髪をしていて、
体つきも ようよう見やれば結構な充実ぶりの屈強さ。
壮年なのだか、実は風貌以上にお若いのだか、
判じ物のような御仁だが、

 時代小説や幻想小説の作家、島谷勘平氏だと

そうと紹介されれば、
ああそれで…と、納得されるのがまた妙なもの。
作家への偏見ではなかろうか、などと、
わざとらしく怒るのも白々しいので、
結局、謎の人という格好で通すのが常であり。
ちなみに、此処では
大半の従業員から“書道家”だと思われているのだそうな。

 『また達筆な署名をお残しになるのですもの。』

もしかしたら故意にでしょうかと、七郎次が苦笑をした色紙は、
別館の廊下に張り出されていて。
通りかかった久蔵がその真下で“にゃ?”と小首を傾げていたのが、
彼が坊やに見えるおっ母様には特に大ウケだったとか。

 「さあ、美味しいご飯が待ってるぞvv」
 「にゃ?」

大きなバスタオルへそれぞれを抱え上げ、
毛並みを傷めぬようにと、
ドライヤーとの併用、慣れた手つきで乾かしてやってから。
こちらご自慢の、
山海の名物を山ほど盛り込んだ御馳走も
楽しみにしておいでのおっ母様。
キミもそうだよねと勝手に仲間に引き入れた久蔵を抱え、
離れのお部屋へ元気にお戻り。
ふっわふわになった金の綿毛へ頬擦りしきりという、
無邪気な伴侶様の溌剌とした後ろ姿を見やりつつ、

 「ここいらにも山の気が たゆとうておるのだろうに。」

勘兵衛がぽつりと呟けば、
どこからともなくの声がして。

 《 はい。》

町中には人が生み出した邪念の気が淀み、
人里から離れれば、
逞しき草木やせせらぎが生み出す自然の精気が
純度も高いまま色濃いがため。
気を弱くしている人が呑まれて迷ったり、
悪くすれば取り込まれる恐れもあるそうで。

 《 ですが、古代由来の輩には、
   それこそ我らも勝手が判っておりますゆえ。》

主人の大きな手の中で、
お手玉みたいに小さなクロが、ふるるとお耳を揺さぶって。
春も間近ではありますが、寒の戻りにはご用心と。
渡り廊下の庇の上で、
ゆらゆら揺れる古松の梢のおいでおいでへ、
ちょいと辛辣、あかんべと赤い舌を見せた、
長閑な山あいでの昼下がりでございます。






  〜Fine〜  14.03.05.


  *やはりやはり、寒の戻りが来るそうですね。
   そんな中、温泉宿でのんびりだなんて、
   あああ羨ましいぞ、島田さんご一家。

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